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モンゴル ゲル地区再開発プロジェクト

モンゴルの今
親日・勤勉な国民性

とても似ている私たち

蒙古斑、勤勉さ、相撲、醤油など、同じルーツがいっぱい

モンゴルですれ違う人々の顔はみな、私たち日本人にとってどこか懐かしい顔だちです。日本人とモンゴル人とは、同じ蒙古斑を持つモンゴロイド同士であり、言語や文化にも似通ったものが多くあります。

伝統のモンゴル相撲からは、日本の大相撲に多くの横綱を輩出していますし、食文化においても、ツォーと呼ばれる醤油に似た調味料があり、肉食中心でもほとんどスパイスを使わない味付けは、私たち日本人にとってもどこか馴染みやすい味わいです。また、こまめな移動を必要とする遊牧民は勤勉であり、控えめな感情表現や、その裏に隠された義理固さなども、日本人の気質とよく似ているといわれます。

モンゴルは実は知られざる親日国。これまで羊を中心とした肉ばかりを食べていたモンゴル人だが、街では日本食が流行っている。しかも“から揚げ定食”や“とんかつ定食”など“ニッポンの定食”が大人気なのだ。

テレビ東京「日経スペシャル 未来世紀ジパング ~沸騰現場の経済学~」
http://www.tv-tokyo.co.jp/zipangu/backnumber/20130826/

政府開発援助 ODA が築いた確かな信頼

強い親日感情:「好きな国」第 2 位、「一番支援してくれている国」第 1 位に

そんなモンゴルですが、日本と正式に外交関係が結ばれたのは意外にも最近の 1972 年です。その後は、貿易関係のみならず、開発援助にも力を入れてきました。特に 81 年に日本からの政府開発援助(ODA)で操業開始した国営の大規模カシミア工場は、民営化された現在でも日蒙友好協力の象徴として国民に広く認識されています。90 年前後のモンゴル市場開放後はその傾向が更に強まり、91 年から 2011 年までの間になされた援助は総計で、無償資金協力が 935 億ドル、円借款が 758 億、技術協力が 375 億円にのぼります。これは世界の援助国・機関の対モンゴル援助総額においても、おおむね 30% 以上と極めて高い水準です。

このような支援はモンゴル国内でも国民から高く評価されており、それは親日世論にはっきりと現れています。2004 年に外務省がモンゴルで行った世論調査では、モンゴルの人の好きな国としてアメリカに続いて 2 位、「対モンゴル支援に最も力を入れている国・機関は?」という質問では 1 位に挙がりました。また、「日本を信頼できる友邦と考えるか」という質問には 50% が「信頼出来る」と回答し、「信頼できない」の 5% を大きく上回っています。

モンゴルの民主化以降、日本がトップドナーとして行なってきた経済協力に対する肯定的な評価は9割を超えたほか、モンゴルに援助している国として日本を挙げる回答者が最も多く、経済協力を通じた日本の存在感は完全に定着し、これまでのわが国の経済協力面での取り組みが一般国民の間に普及していることが判明した。

外務省「モンゴルにおける対日世論調査(平成 17 年 8 月)」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mongolia/yoron05/

歴史の中で育まれた強い絆

盛んな NGO 活動や留学生交流、日本人はビザなしで渡航可能に

民間レベルの交流も盛んで、現在日本にあるモンゴルと交流する NGO は 70 程度。モンゴルでも 30 以上が登録されています。国際交流のみならず、社会的弱者支援、留学生への奨学金供与、植樹などの目に見える活動、災害時の義援金支援等も多く行われています。

このような民間の交流活動は国交回復前の 50 年代から行われてきましたが、その中心に元モンゴル抑留日本人の存在があったことは特筆すべきことです。日本人は勤勉で誠実な民族である、というモンゴルの人の認識にも、戦後のモンゴル抑留日本人の姿が大きな影響を及ぼしていると言われています。

また、これからの両国間の関係を担う学生間の学術交流も、盛んに行われています。現在日本で学んでいるモンゴル人留学生の数は 1800 人以上ですが、これは日本で学ぶ外国人留学生総数のうち 12 位であり、モンゴルの人口が少ないことを考えるととても高い順位です。モンゴル国内でも約 30 の大学で日本語が教えられており、日本語学習者の数は 1 万人に上るといわれています。

2010 年モンゴル政府は、最大 30 日間までの滞在における日本人のビザ免除を決定しました。これによって両国間の行き来はより容易になり、今後のさらなる交流が期待されています。

一番に助け合う関係

モンゴル史上最高額の震災義援金が日本へ

このような強い信頼関係のもとに、両国は互いが危機的状況に陥った時に真っ先に支援の手を差し伸べてきました。95 年の阪神淡路大震災、2004 年の新潟県中越地震ではモンゴル政府や市民、企業から多くの毛布や義援金が寄せられています。

特に、2011 年の東日本大震災では 8200 万円に上る支援が決定されました。これは、モンゴルの外国の災害に対する義援金としては過去最高額に当たります。この義援金は国家公務員全員が月給 1 日分、日本の ODA を受ける機関が月給 1-5 分を、孤児院の孤児たちが生活保護金一か月分を全額寄付する等して、広く一般の国民や企業からの賛同を得て達成されたものです。このような文字通り国を挙げた支援を可能にしたのは、モンゴルの日本への深い信頼関係に他なりません。モンゴル史上他に類を見ないこの援助は、モンゴルの人々の日本への熱い感謝と思いやりの何よりの表れではないでしょうか。

「日本は、モンゴルが民主化した後、非常に厳しく困難な時期に力になってくれ、今でも支援を続けてくれている。モンゴルの最大のドナー国である日本の国民が被災されているこの時期に、我々モンゴル人は力になるべきである」

モンゴル バットボルド 元首相 2013 年 3 月 12 日

JICA「東日本大震災 - モンゴルから日本へのメッセージ」
http://www.jica.go.jp/information/disaster_msg/mon.html